鹿児島地方裁判所 平成11年(ワ)189号 判決 2000年9月06日
原告
岩崎産業株式会社
右代表者代表取締役
岩崎芳太郎
右訴訟代理人弁護士
石嵜信憲
同
山中健児
同
森本慎吾
同
丸尾拓養
被告
日本電信電話株式会社
外三名
右被告ら訴訟代理人弁護士
山本紀夫
同
山本智子
同
相原亮介
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、各自一億〇五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、訴外エヌ・ティ・ティ九州パーソナル通信網株式会社(以下「九州パーソナル」という。)の株主の一人であった原告が、同社の大株主である被告日本電信電話株式会社(以下「被告NTT」という。)及び被告株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ九州(旧商号エヌ・ティ・ティ九州移動通信網株式会社。以下「被告ドコモ九州」という。)並びに九州パーソナルの代表取締役である被告原島及び被告森らに対して、九州パーソナルの営業を譲渡し、かつ、会社解散を行ったことは共同不法行為に当たるとして、その損害賠償を請求するとともに、被告原島及び被告森については、さらに取締役としての忠実義務及び善管注意義務をも理由として、損害賠償を請求する事案である。
第三 争いのない事実等<省略>
第四 争点<省略>
第五 争点に関する当事者の主張
<省略>
第六 当裁判所の判断
一 原告の主張の骨子
1 原告は、本訴において、「PHS事業の性質上、当初の立ち上げ段階における設備投資によって生ずることが当然に予想された多額の累積損失を長期的な事業計画の下で解消することが前提となっていたが、そのような事業に出資しようとする原告の意思としては、少なくとも、事業の立ち上げ段階においては、経済的な利益の分配を受けることは期待しておらず、むしろ、それよりも、将来におけるPHS事業の本格的な事業展開を前提に、PHS事業が存続する限り、九州パーソナルの株主としてその経営に参画することができるという地位を有しているということのほうが重要である。原告の主張する『経営参画の利益』とは、このように、特に事業の立ち上げ段階においては、九州パーソナルの株主として有する共益権としての側面が重視されなければならないと主張する趣旨のものであり、別段、株主としての商法上の権利以上の利益を得た旨いうものではない。」、「本件出資の経緯から考えれば、被告らは、一方で、長期的な事業計画の下、自らNTTグループの意向として、原告らに出資を求めておきながら、他方で、PHSサービス開始後わずか三年という早期の段階で、原告の有する九州パーソナルの既存株主としての地位を一方的に無に帰せしめた。このことは、形式上、株主総会の多数決という形をとっていたとしても、決して正当化されるものではない。」、「被告NTT及び被告ドコモ九州は、両社が九州パーソナルに対して有していた多額の貸付金を損金として処理するために、つまり、右被告ら二社自身のために、一株主という立場を超えて共同して九州パーソナルの本件営業譲渡及び本件会社解散を現実的かつ具体的に支配、決定した。右被告二社の行為は、単に支配的株主としての株主権の濫用にとどまらず、それを超えた九州パーソナルの会社経営全般への支配介入行為であり、かつ、それは多額の貸付金の損金処理という自らの利益のために行われたものである。」、「右被告二社による九州パーソナルの経営支配の結果、少数株主である原告の株主としての地位はその出資の対象となったPHS事業が未だ被告ドコモ九州において存続しているにもかかわらず、一方的に切り捨てられた。」、「本件営業譲渡及び本件会社解散は、本件出資の経緯などを前提とすれば、まさに少数株主である原告の意向を一切無視したNTTグループの一体的な共同不法行為にほかならない。」と主張する。
2 原告側証人有馬啓介の供述内容は右主張に副うものであり、原告の本訴提起に至る動機として、同証人は、概ね、「九州パーソナルに対する原告の本件出資がもともと被告NTT側からの強い勧誘に基づくものであるのに、被告NTT側は九州パーソナル設立からわずか三年余しか経たない段階で、唐突にも九州パーソナルの営業廃止(本件株式譲渡と本件会社解散)を決定し、これがPHS事業自体の消滅を意味するのであれば投資リスクとして甘受せざるを得ないが、実際には、被告NTTグループの一員である被告ドコモ九州の下でPHS事業が継続されており、そうであれば原告の九州パーソナルにおける株主の地位も極力守られるべきであり、原告が九州パーソナルにおけるPHS事業の継続の可能性(例えば、減資して増資するとか、合併とかの手段)を追求するのに対し、被告NTT側が専ら自己のグループの利益のみを優先させ、原告に十分な説明をすることなく営業廃止に踏み切ったのは、PHS事業が継続される限り九州パーソナルの株主としての地位に止まりたいと希望する原告の立場を著しく踏みにじる暴挙であり、誠意のない数の横暴である。」と供述する。
二 被告の反論
これに対して、被告らは、原告の主張する右の「経営参画の利益」とは、株主として商法上認められた権利以上の利益をいうものではなく、かつ、本件営業譲渡及び本件会社解散は合理的な理由があり、株主の圧倒的大多数の賛成を得て商法上適法にされたものであるから、かかる行為がこれに反対する少数株主との関係で不法行為を構成することはあり得ないと反論する。
三 思うに、原告の主張する「経営参画の利益」とは、原告自ら自認するように、少数株主に認められた商法上の権利(取締役の違法行為の差止請求や取締役の責任追及のための代表訴訟提起等の権利)以上の利益を指すものではないから、本件営業譲渡及び本件会社解散が商法上の手続に則り適法になされている限り、原則としてこれが不法行為を構成し違法と評価されることはないというべきである。もっとも、原告は、本訴において、本件出資に際して、PHS事業による経済的な利益の分配よりも将来におけるPHS事業に対する株主としての経営参画の期待を有し、被告NTT側も原告のかかる期待を十分認識しながら、専ら自社の利益のみを重視して原告の右期待を不当に覆したとの主張をしており、原告のかかる期待(必ずしも権利とまでいえない)に対する侵害がどのような場合に違法性を具備するかについても検討しておく必要がある。
一般に、私人の有する利益が権利性を直ちに肯認し得ない場合であっても、それに対する侵害の態様、程度が当該私人のおかれた社会における自由競争の原理を著しく逸脱して社会的許容性の限度を超えると評価されるに至ったときは、例外的に右侵害行為が違法性を具備して不法行為を構成することがあるというべきである。なぜなら、たとえば、本件のごとき事例において、本件営業譲渡及び本件会社解散が、多数株主である被告NTT及び被告ドコモ九州にとって必ずしも必要な手段でないにもかかわらず、専ら原告に損害をもたらすことのみを目的として、商法上の手続に藉口する形で敢行されたような場合にまで右の違法性を否定すべき根拠は見当たらないからである。しかして、どのような要件を満たせばその違法性を具備するかは、右のような場合に限らず、当該社会関係における被侵害利益と侵害利益のそれぞれの内容、保護の必要の程度等との相関関係において総合的に評価・判断するべきであり、本件においては、原告の本件出資に至る経緯と出資割合、九州パーソナルの経営実績とPHS事業の動向、本件営業譲渡及び本件会社解散に至る経緯とその選択の合理性の有無、その他本件紛争に顕われた諸事情を総合的に比較、検討して判断すべきものと解される。
なお、その際、本件営業譲渡及び本件会社解散の「選択の合理性の有無」の判断に当たっては、それが当事者の経営判断に関わるものである以上、裁判所としては、原則として当事者の自主的裁量に任せるのが相当というべく、裁判所が自ら経営者に代替してかかる裁量の当否を検討するのではなく、専ら、右裁量・判断を導く過程に著しく合理性を欠く事情が認められるか否かを検討してその違法性の有無を評価、判断すべきものと解するのが相当である。
以下、右の観点に立って順次検討する。
四 本件出資に至る経緯と出資割合
前記第三の争いのない事実等に加え、証拠(甲三〜五、八、一八、乙一、証人有馬啓介、被告森陸)によると、以下の事実が認められる。
1 伊藤忠商事、ケーブル・アンド・ワイヤレス社及び丸紅の三社は、平成七年三月ころ、被告NTT、被告ドコモ九州との間で、九州パーソナルのPHS事業に関する基本協定書(甲一八)を締結し、これに基づいて、同年六月に九州パーソナルの第三者割当増資が実施された(このような協定書は全国のパーソナル各社についても右三社と被告NTT側間で締結され、そこにおいてパーソナルのPHS事業を廃止する場合の損失や債務の負担方法についても改めて協議することが取決められた。)。その結果、伊藤忠商事から九州パーソナルに常勤取締役一名が派遣された(取締役六名のうち残り五名はいずれも被告NTT出身者であり、九州パーソナル設立時の代表取締役は三原種昭社長と被告森であった。三原社長は、右設立後直ちに同じ被告NTT自身の被告原島と交替し、また被告森は間もなく被告NTTから九州パーソナルに転籍して常務となっている。)が、第三者割当増資により新たに少数株主となった企業三二社(このうち鹿児島の地元企業は鹿児島銀行、南国殖産及び原告の三社のみである。)から役員や従業員が派遣される状況にはなく、ましてやこれが期待されるような状況にもなかった(被告NTT側が第三者割当増資に際し、原告のような地元有力企業に出資を求めたのは、被告ら主張のように、PHS事業の営業活動に関する支援を得るためであったと推認される。)。
2 ところで、本件出資は、原告が被告NTT側(被告NTTの鹿児島支店長ら)の勧誘に応じる形で行われた。当時、原告は、移動体通信に興味を有しており、既に被告ドコモ九州の販売代理店として携帯電話の販売を行っていたが、さらにドコモショップの資格を得るため是非とも被告ドコモ九州の株主になりたいとの強い意向を有していた。原告は、このような立場から、被告NTT側の前記勧誘に応じ、被告NTT作成のパンフレット(甲五)を参考にして、独自にPHS事業の将来性を調査した上、さらに被告NTT側にPHS事業の見通しを質して、PHS事業は携帯電話とは異なる独自の将来性があると判断するに至り、本件出資を決定していた(その際、被告NTT側は、原告に対し、PHSは携帯電話と比較して、①音質が良く将来主流になる、②電波到達距離の短い欠点は被告NTTの責任で将来的にカバーする、③インターネット等のデータ通信に優れている、④付加価値が高い等の説明をしたが、将来原告を被告ドコモ九州の株主として遇することを確約するような言辞を弄した事情までは推認し難い。)。
ちなみに、右パンフレット(甲五)には、PHSの将来性につき、全国的には「一〇年後に二〇〇〇万加入、一五年後に三八〇〇万加入に達し、加入電話、携帯電話に次ぐ第三の電話の地位を占めると予測されています。」とコメントされていた。
3 第三者割当増資の際に被告NTT側に作成した九州パーソナルのPHSに関する事業概要(甲三)によると、被告NTT側は、PHSと携帯電話の棲み分けは可能(PHSは携帯電話と比較して小型、軽量、料金割安であり、通話品質も優れ、将来的に共存可能)であり、九州パーソナルのサービス開始(平成七年一〇月)から五年間で約一四〇億円の設備投資を行い、単年度黒字化は五年後の平成一二年度、累積損失の解消は八年後の平成一五年を目指し、その間は赤字(サービス開始から四年後の平成一一年度で累積損失約一八二億円)もやむなしと見込んでいた。そして、その前提となる九州パーソナルの販売見込数(加入者数)について、被告NTT側は、平成七年度三万七〇〇〇回線、平成八年度一三万五〇〇〇回線、平成九年度一九万五〇〇〇回線、平成一〇年度二七万二〇〇〇回線、平成一一年度三五万回線、平成一二年度四五万四〇〇〇回線、平成一三年度五三万五〇〇〇回線、平成一四年度五七万六〇〇〇回線と累増する右肩上がりの数値を想定していた。
五 九州パーソナルの経営実績とPHS事業の動向
前記第三の争いのない事実等に加え、証拠(甲一の2、九の1・2、一九、乙一、被告森陸)によると、以下の事実が認められる。
1 九州パーソナルのPHS事業は、サービス開始当初、加入者数は順調に伸びていた(実際の加入者数は平成七年度七万回線、平成八年度二一万八〇〇〇回線と予想を上回る数値であった。)が、平成九年夏ころをピークに以後加入者数が減少に転じ(それでも年間ベースで見た場合、平成九年度実績は予想を上回る二二万五〇〇〇回線であった。)、平成一〇年度に入ってもその傾向に変わりはなかった(平成一〇年一一月末の加入者数は一八万六〇〇〇回線であり、予想加入者数を大幅に下回る数値であった。ちなみに、平成一〇年四月末時点における加入台数を比較すると、全国ベースで携帯電話は三二四八万台余、PHSは六七二万台余であり、PHSに比較して、明らかに携帯電話の方が優位に立っていたといえる。もっとも、同じPHSでもDDIポケットの加入者数はパーソナルほどには減少しておらず、PHS各社によってその差があった。)。その原因は、携帯電話の技術革新により、小型、軽量化が思いの外進み、また料金値下げが急激に進行した一方、PHSのデータ通信の優位性が思ったほどには浸透せず、PHSのエリアの狭さが強調された結果、PHSの優位性が揺らぎ始めたことにあった。この点、九州パーソナルがPHS事業を開始した平成七年一〇月当時の利用料金を比較すると、基本料金(月)がドコモ七八〇〇円に対しパーソナル二七〇〇円、通話料金(三分間)がドコモ一九〇円に対しパーソナル四〇円であったところ、平成一〇年下期になると、基本料金(月)はドコモ四六〇〇円に対しパーソナル二七〇〇円、通話料金(三分間)はドコモ九〇円に対しパーソナル四〇円とかなり近接していた。
2 PHS各社は、携帯電話との競争において端末機器の廉価販売を行っていたが、若年層の加入者から途中解約の申出が頻発するようになり(PHSは不完全なエリア展開のままユーザーを増やしすぎたため、「安かろう、悪かろう」というイメージが消費者に定着したことも一因と思われる。)、こうしたPHSの加入者数の減少傾向は九州パーソナルのみでなく、競合他社のDDIポケット、アステルなどでも程度の差はあれ、同様であった。
六 本件営業譲渡及び本件会社解散に至る経緯とその選択の合理性の有無
前記第三の争いのない事実等に加え、証拠(甲一の1、3、二・三、六〜八、九の1・2、一七〜一九、乙一、証人有馬啓介、同猪立山寛、被告森陸)によると、以下の事実が認められる。
1 平成一〇年二月ころ、全国パーソナル各社のPHS事業の累積損失は同年三月末時点で合計約二四〇〇億円に達し、翌年三月末時点には三三〇〇億円、年間損失も一〇〇〇億円にも達する見込となった(ちなみに、当初の計画では平成一〇年三月末の予想累積損失は一四〇〇億円程度である。)。しかも、今後予想されるPHS加入者数は当初の増加見込数をはるかに下回ることが予想された。このため、従前、株主の保証なしに融資に応じてきた金融機関は、今後の全国パーソナル各社への融資の条件として、株主の保証を要求する事態になった。これを受けて、被告NTT側は、そのころ、協定書(甲一八)の当事者である伊藤忠商事、丸紅、ケーブル・アンド・ワイヤレス社に対し、パーソナル各社のPHS事業のNTTドコモへの営業譲渡と会社解散、清算の方針並びに損失負担の協議方を申し入れた(右協議の結果、同年五月ころ、被告NTT側の前記方針が承諾され、損失負担についても、伊藤忠商事及び丸紅は出資額相当の損失額を負担し、それ以外は被告NTT側が負担する、ケーブル・アンド・ワイヤレス社については同社の保有するパーソナル各社の株式を被告NTT側が買い取るとの形で最終的な決着をみた。)。ちなみに、九州パーソナルに関しても、平成一〇年三月末時点の累積損失額は一九六億円余であった(これに対応する当初の予定累積損失額は一四九億円である。甲三参照)。
2 PHS事業の見直し問題は全国のパーソナル各社の社長会でも検討され、平成一〇年五月、同社長会は全国各地のPHS事業をNTTドコモ各社に営業譲渡してパーソナル各社は解散、清算する方針を正式決定した。また、全国のドコモ各社の社長会も右同様の方針を承認し、パーソナル各社の株式を株主から取得価格で買い取る方針を決定した。
3 以上の情勢を踏まえて、九州パーソナル代表取締役常務被告森は、平成一〇年六月一日、原告に対して、「PHS事業を被告ドコモ九州に譲渡し、九州パーソナルは会社解散の方針となった。ついては九州パーソナルの株を被告NTTか被告ドコモ九州において取得価格で買い取りたい。」と申し入れた(第三の三参照)。当時の九州パーソナルの株主構成は、被告NTT(出資比率二八パーセント)、被告ドコモ九州(同四八パーセント)のほか、伊藤忠商事、丸紅、ケーブル・アンド・ワイヤレス社などの主力株主と、金融機関、原告(同0.2パーセント)のような九州各県の有力企業が名を連ねていたが、原告を除く他の株主はいずれも九州パーソナルや被告NTT側の方針に異議を唱えなかった。
4 これに対して原告は、九州パーソナルの廃業に当たり、被告NTT側が合併ではなく営業譲渡の手法を選択したのは原告ら地元企業を株主から排除する(つまり、九州パーソナルの開業時には許認可の都合で地元企業を可能な限り利用し、実際の経営では被告NTT側の利益を専ら優先し、不要となった時点で原告ら地元企業を切り捨てる。)ことに狙いがあるとし、「今回の出資(本件出資)は被告NTT側の強い要請に基づいて行った。当社はPHS事業の経営に参画できる利益を有しており、株の買戻しには応じかねる。合併や増資等の手段を検討し、何とかPHS事業の継続を図られたい。」、「仮にそれが無理であれば、原告が事業譲渡先である被告ドコモ九州の株主となれるようご配慮願いたい。」と返答した。
5 九州パーソナルの第四回定時株主総会は平成一〇年六月二二日開催され、席上、本件営業譲渡が満場一致で決議された(出席した株主は委任状を含め、被告NTT、被告ドコモ九州、伊藤忠商事、丸紅であり、原告は欠席した。)。次いで、九州パーソナルは、平成一〇年一〇月、取締役会を開催し、被告ドコモ九州への営業譲渡と清算の方針並びに株主(ただし、被告NTT、被告ドコモ九州、原告、伊藤忠商事及び丸紅を除く三二名)の有する株式の被告NTT及び被告ドコモ九州への譲渡承諾が決議された(甲一七)。なお、被告ドコモ九州への合併も一応検討されたが、その場合の九州パーソナルの債務超過の解消手段として、
(一) まず増資をし、その上で減資する方法が検討されたが、九州パーソナル(資本金二五億円)の場合、債務超過額が平成九年度一七〇億円、平成一〇年度二百数十億円(見込額)となり、右方法を選択すると、原告を含む各株主は出資額の一〇倍程度の追加出資を余儀なくされ、しかもこの追加出資分は直ちに減資となるため、かかる方法では到底各株主の理解を得られないと判断された。また、
(二) 貸付金の放棄という方法も検討されたが、債権者である銀行の同意を得られる状況になく、また被告NTT及びNTTドコモが銀行に肩代わりして債権放棄することも放棄額の損失処理との関係で株主代表訴訟を提起される虞れがあるため、到底無理と判断された。
6 九州パーソナルは、平成一〇年一二月一日、臨時株主総会を開催し、本件会社解散が決議された。なお、NTTドコモ各社に営業譲渡された後のPHS事業の業績は、各社全体で年間一〇〇〇億円程度の損失を生じていた。
7 わが国でPHS事業を全国展開するのは被告NTTグループのほか、DDIポケットグループとアステルグループの三つであった。携帯電話に対するPHS事業の苦戦は三グループとも同様であったが、このうちPHS事業を携帯電話事業と合わせて行うためPHSの携帯電話への営業譲渡の方法で事業整理を行ったのは被告NTTグループとアステルグループであり、PHSのシェアが最も多いDDIポケットグループはPHS事業を単独で行う方針の下、ポケット各社を一社に合併する方針を採った。
七 被告NTT及び被告ドコモ九州の違法性の有無
1 以上の検討によると、パーソナル各社のPHS事業は、設立当初の予想に反して、サービス開始(平成七年一〇月)からわずか二年半にして極端な業績不振に陥り、今後とも業績の改善は容易に見込めない状況にあったこと、したがって、パーソナル各社の主要株主である被告NTT、NTTドコモ、伊藤忠商事及び丸紅は、平成一〇年二月以降、更なる損失の発生を未然に防止するため、早急な事業の廃止を検討する必要に迫られたことが明らかである(特に、伊藤忠商事常勤監査役大川博通の供述調書である甲一九の三八頁供述内容参照)。もっとも、右大川調書の三五頁によると、パーソナル各社の主要株主の一人であるケーブル・アンド・ワイヤレス社は、右時点でPHS事業の成否を判断するのは時期尚早にすぎるとの意見を述べていたことがうかがえ、実際、前記認定によっても平成九年度までのPHS加入者数は予想を上回る実績をあげ得ていたことに鑑みると、かかる意見にも合理性がなかったとはいえないが、PHS事業の将来的見通しが平成一〇年に入っても悪化のままであり、累積損失額は予想を遙かに上回るペースで増加する傾向にあったこと、さらに同事業の主要株主五社(被告NTT、NTTドコモ、伊藤忠商事、丸紅、ケーブル・アンド・ワイヤレス社)のうち四社までが右事業の早急な見直しを必要とする結論に達していたことを考慮すると、右時点で九州パーソナルのPHS事業を廃止するとの結論に達したその判断過程には、いまだ著しく合理性を欠くまでの事情は認め難いというべきである。
2 前記各認定事実によれば、被告NTTと被告ドコモ九州は、九州パーソナルの設立時から大株主であり、特に被告ドコモ九州は、携帯電話と競合するPHSが携帯電話を浸食する可能性を懸念してPHS事業を行う九州パーソナルに最大の株主として出資していることがうかがえ、まさ同被告はPHSと携帯電話に二股掛ける立場にあったと評し得なくもないが、利益を求めて活動する企業としては、むしろ当然の選択ともいえ、また、鹿児島の地元有力企業である原告としても、かかる被告ドコモ九州(あるいは被告NTT側)の営業意図は十分察知し得たはずと推認できる。このような同被告の態度をもって被告NTT側の不誠実性の一事情とするには足りないというべきである。
3 九州パーソナルのPHS事業は被告ドコモ九州において継続されているが、その実績(前記五6参照)を考慮すると、そのままパーソナル各社でPHS事業を継続しても利益の出る可能性はなかったというほかなく、少なくとも、九州パーソナルのPHS事業を廃止するとの主要株主(被告NTT、NTTドコモ、伊藤忠商事、丸紅)の判断は、平成一〇年春の段階では、企業の損失額を最小限に留めたいとする経営者の立場からすると、その判断過程に著しい不合理性を認めることはできない。原告の指摘する「PHS事業は少なくとも設立当初数年間は多額の設備投資が必要となり、その間の累積損失の発生も当然に予定されている。同事業を開始する以上、長期的な計画の下で累積損失の解消が目指されなければならない。」との主張は、既に認定したパーソナル各社によるPHS事業の累積損失の増加程度、将来への悲観的展望等を考慮に入れると、いまだ営業廃止の結論に至った前記主要株主四社の経営判断を覆すまでの説得力に欠けるというほかなく、到底採用できない。
4 原告は、「被告NTT及び被告ドコモ九州による数の横暴には信義に反するものがある。原告は株主として事業の合理性を信じ、一生懸命議論してPHS事業の継続をお願いしたにもかかわらず、被告NTT側はこれに対して全く誠意ある回答を示さず、有無を言わさぬ方針の下、多数決により問題を押し切った。九州パーソナルを設立するときは地域の有力企業を引っぱり出しておいて、それがある程度になると、NTTグループの広い意味での利益保全のために締め出すという、あくまでNTTグループ内部だけの商品化ということを優先する考え方が許せない。」というが、パーソナル各社のPHS事業が平成一〇年春の時点で既に行き詰っていたこと、本件営業譲渡及び本件会社解散は株主総会の議決を経て適法になされていることは前記認定のとおりであり、被告NTT側がPHS事業の独立運営を放棄したその経営判断の過程には、その判断時期がサービス開始から二年半にすぎない点を考慮に入れても、予測を上回る赤字の出現をできるだけ避けたいとする経営者の判断として、著しく合理性を欠くとはいまだ認め難い。
5 原告は、本件出資に基づく九州パーソナルの株式取得によりPHS事業に対する「経営参画の利益」を現実に取得したとし、かかる原告の経営参画の利益は、PHS事業が事業として継続する限り引き続き継続して保護されなければならないというが、仮に、これがPHS事業を引き継いだ被告ドコモ九州の株主たる地位を原告に保障するか、かかる保障についての配慮がないまま本件営業譲渡及び本件会社解散に及んだことが不当という趣旨であれば、被告NTT側が原告の本件出資の際かかる内容の確約をした事実があるならば格別、そのような事実が何らうかがえない本件(本件証拠上、かかる事実を推認するに足りない。)にあっては、いまだ右主張を採用することはできない。
また、原告は、本件営業譲渡及び本件会社解散が形式上株主総会決議の議決の形を取っていても、その実質は、NTTグループの一存で会社の命運を左右できる状態にあったから、このような状況下では、その一存による不当な会社運営方針の策定によって原告を含めた他の株主の利益が害された場合、そのことが総会の多数決が存するとの一事によって正当化されるものでないとも主張する。しかしながら、パーソナル各社の大株主である被告NTTとNTTドコモが緊密な資本関係にあり、いわばNTTグループを形成することは顕著な事実であり、原告も本件出資に当たり右事実は十分認識していたと思われる。したがって、パーソナルのPHS事業が独立して立ち行かなくなった場合、これへの対処が大株主であるNTTグループの意向で決せられる可能性のあることは、原告としてむしろ事前に予測可能であったと思われる。
6 以上、各観点から検討したとおり、被告NTT側の本件営業譲渡及び本件会社解散は、原告の本件出資の経緯・出資割合、九州パーソナルのPHS事業の実績と将来の動向、被告NTT・被告ドコモ九州・伊藤忠商事・丸紅等主要株主の本件営業譲渡及び本件会社解散に対する経営判断等、それぞれの事情を総合的に比較、検討しても、いまだ被告NTT及び被告ドコモ九州側に違法と評価すべき事情は見当たらないというべきである。
八 被告原島及び被告森の責任
右のとおり、被告NTT及び被告ドコモ九州側に違法と評価すべき事情は見当たらない以上、被告原島及び被告森が右被告らと共同不法行為をなしたとする原告の主張は、その前提を欠いて失当というほかない。また、被告原島及び被告森に関する忠実義務・善管注意義務違反の主張も、これを認めるに足りる証拠がない。なお、原告は、同被告らが株主平等の原則に違反する行為をしてまで本件営業譲渡及び本件会社解散の招集を決定したというが、本件営業譲渡及び本件会社解散が原告に対する不法行為を構成しない以上、その余の判断をまつまでもなく、原告の主張は失当である。
九 結論
以上のとおり、原告の請求は、理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官・榎下義康)